花ちゃんに 

 

 紙面を借りて、専門家の花岡理英子さんの事件について、書かせてもらいます。

 みなさんも、ニュースを見て知っていると思います。この事件は、(1998年)9月17日、タンザニアの首都ダルエスサラームで起こりました。協力隊も派遣されている比較的安全とされている国です。花岡さんは、ガーナOGで、帰国後さらに勉強して、今年(1998年)の7月に臨床検査技師の専門家として派遺されました。私は、ガーナでの活動期間がだぶっているので、ニュースを見たときは、ショックでした。信じられない思いで、何度も何度もテレビのニュースを見ました。電話もかかってきました。ニュースが流れて、30分もした頃、九州から同期の仲間の声「ニュース見たか。花ちゃんが、死んじやった。何か情報ないか。」、「詳しくは、明日、JICAに聞くしかないな。」

 翌目、JICAの大田さん(元ガーナ調整員)から電話をもらいました。でも、ニュースで流してるぐらいの情報しかないということでした。9月26日(土曜)午前9時 成田空港。花ちゃんは、お骨になって帰国しました。JICAが、部屋を一つ借りて、献花式が行われました。お父さんが、「こんな事件が二度と起こらないようにしてください。」と、JICA、大使館関係者に、何度も言っておられました。

 花岡さんが、事件に巻き込まれたのは、多分、自動車のせいだろうというはなしでした。事件の日、仕事に使う自動車が日本から到着しました。花岡さんは、港まで自分で受け取りに行き、その帰りのことでした。自宅前まで来ると、銃を持った男たちに囲まれました。男たちは、車をよこせと言ったんだと思います。日本車は、現地では、とても高く売れるからです。そこで何があったかは、詳しく伝わってきません。でも、花岡さんが、銃で撃たれてしまったという結果は残っています。

 

 なぜという疑問をもち、私たち自身が、このような事件に巻き込まれないよう気をつけることが大事だと思います。たとえ、途上国で生活した経験があろうと、事件は向こうからやってくるものだということを忘れないようにしたいものです。最後に、我々のかけがえのない仲間、花岡さんのご冥福をお祈りしたいとおもいます。

 

(高須栄二)


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