リレーエッセイ Part・

「今、本当に援助が要る国」


鈴木 尚志(まさし)

 まずはこんな話から。

 僕が、ガーナで暮らした小さな村でのこと。住居を提供してくれた大家さん。この入、他のガーナ入同様、とってもいい入で、いろいろお世話になりました。でも、最初の出会いは結構大変で一。

 

 そのとき、彼女の目は明らかに攻撃的だった。たいがいこういう時って一おそらく協力隊の人ならみな似たような経験があるんじやないかと思うけど一止むを得ず、日本入(のみならず欧米入も含めた)み〜んなの「代表者」みたいな役回りってのを、演じなくてはならなくなっちやうもんです。

 彼女日く、「あなた達(白人)はなぜ、私たちアフリカ人(黒人)を下等視するのか。 テレビではいつも、裸で槍を片手に動物を追っかけている人達の姿ぱかり映すのはどうして? 私たちだって、一生懸命働いて、あなた達と同じくきれいな洋服を着て、テレビも冷蔵庫もある生活をしている人もいるのよ。」

 

 いや一もう、なんかこうズバッときたな、っていう感じで、僕にはもうなんの弁解の仕様もなかった。実際に、彼女の言っていることと同じことをガーナという国に住んでみで、自分も感じていたからだ。 欧米人のアフリカ観については定かではないけど、少なくとも、日本のマスコミが流すアフリカに関する映像などの情報には、多少なりともある種の偏りかあることは否定できない。 これは別に「アフリカ」に限ったことではないんだけどね。戦争、難民、飢餓、病気など、我々が得るアフリカからの情報って、そんなのが多いのは確かだ。 でもそれは、当たり前と言えぱ当たり前で、メディア側から言わせれぱ、内容が刺激的であれぱあるほど、みんなが見てくれるわけだし。車に乗って、スーツ着て、日本人とたいして変わらない生活をしている平和なアフリカ人を映したって別にニュースにはならない一なんて言われそう。確かにそうかもね。

 

 そんじやここで本題なんだけど、今度は逆の視点で見てみるとどうなるのか、皆さん想像できますか。 たとえば、アフリカに限らず、世界の人達には、「日本」ていう国がどう映っているんだろうって。

 これが結構、負けじと刺激的だったりして。実際、ガーナにいたときに入ってきた日本のニュースなんて、正直言ってひどいもんが多かったっけ。子供か子供を殺したとか、生徒が先生を刺し殺したとか。わけの分からない宗教団体が徘徊し、いじめだなんだで、しょっちゆう誰かが自殺している日本って、いったいどうやってガーナ人に説明したらいいの? 他にもこんなことがあった。アメリカのクリントン大統領、イキリスはブレア首相、「じやあ日本の顔は誰?」なんてことをガーナ人によく聞かれたけど、そんな質問にも、誇りを持って答えられない自分か悲しかった。 隊員だった人は、まずほとんどの人が、「日本に帰ったら、いつのまにか首相が変わってた」でしょう(笑)。

常に笑顔・・の鈴木さん(右)

 僕が、協力隊に参加してみて、ひとつ確信したことがある。それは何かって言うと、今、本当に助けが必要なのは、実はガーナでもどこでもなく、どっかおかしいぞ、なんかマだぞ、と感じたこの国「日本」なんじやないかってこと。 つまり、物質面ではなく、精神的な面で、この国はかなり貧しいんじやないかと、時折僕はそう考えてしまうんです。

 ここで、例え話しをひとつ。あっつう〜いお湯が入っている水槽がありました。そこヘ、何も知らずに飛び込んだカエル君は、その異常さに驚いて慌てて飛び出します。 一方、最初は水の水槽の中で、気持ちよ一く泳いでいるカエル君は、その水がじわしわと少しづつ暖められていてもその環境の変化に気付きません。事態が刻一刻と悪くなっていることが分からないカエル君。ついにはそこから飛び出すこともなく、沸騰するお湯の中で・・・。

 

 協力隊なり何なりで、しぱらくの間海外に行ってた人が、突然、ぽんっと帰ってきたときに、ひよっとしたら気付くんじやないかな、「日本」という水槽の水の異常に。 でも、大抵の人は一瞬そうかなあと思うだけで、食べ物でも何でも豊富にある、とっても便利な日本の居心地のよさにすぐ慣れちやって「まっ、いっかぁ」一ってなことになっちやうんだろうけどね。 不況不況といってもとりあえずこの国、(今のところ)安全で平和だもんね。

 

鈴木 尚志 プロフィール

1995年7月 〜 97年12月まで、西アフリカのガーナに理数科教師として派遣。 ボルタ州アバティメ高等学校にて気ままなインチキ物理教師として活動する。

帰国後、なにを血迷ったか木工職人を目指し、技術専門校への入校を申請中。

ひたちなか市在住。  特徴:色黒。  趣味:オリエンテーリング。


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