覚 醒 〜ジュニア協力隊マレーシア派遣〜

 


ジュニア協力隊引率

小林 勉(昭和62年〜平成元年理数科教師 ケニア)


 3月24日〜30日に茨城県内の高等学校に通う高校生10名(男子2名、女子8名)と共に、マレーシアを旅してきた。 青年海外協カ隊員を任期満了で帰国してから10年、いろいろな国を旅してきたが、今回ほど印象的であった旅はなかったのではないだろうか。

 「ジュニア協力隊」事業は、国際協力事業団が主催し、茨城県を通じて希望者を募集したもの。 その主な目的は、協力隊員の活動現場視察やボランティア体験を通して国際理解を深めることにある。 選考された10名は国際協力、国際交流といったことに興昧はあるものの、おしゃべり、買い物、アイドルスターが好きといったごく普通の高校生たちであった。この高校生たちがどのくらい現地へ溶け込み、どれだけ異文化を理解し、そしてどれほどのものをつかんで帰国するのかたいへん興味深かった。 特にアロースターでのホームステイは、最も好奇心を掻き立たせるところであった。マレーシアはイスラム教の国。日本と違う習慣はたくさんある。特に食事、風呂、トイレ、寝床といった日常生活は、今まで日本にどっぷりと浸かっていた高校生たちにはどう映るのだろう、異文化を理解する以前の問題として、その生活に耐えられるのであろうか。出発前はそんなことばかり考えていた。

 3月24日(水)。ジュニア協力隊10名を乗せたJALは成田空港を飛び立った。最初の2泊は、クアラルンプール、マラッカのホテルに宿泊し、JICAマレーシア事務所/マレーシア日本大使館を表敬訪問したり、協力隊活動現場を視察したり、市内を歩き回ったりした。高校生たちにとって見るもの、聞くものが真新しいものばかりで、常に興味津々、笑顔が絶えなかった。

 3月26日(金)。ホストファミリーの待つアロースター入りの日である。午前中、マラッカ市内を歩き回り、女子全員がサロン(巻きスカート)を購入/着用し、いよいよアロースターヘ出発だという意気込みを見せた。しかし、その笑顔の奥にかすかに不安げな顔が覗いていた。その不安の原因はやはりホームステイ、つまりホストファミリーとのコミュニケーションと、彼らの生活習慣への適応であった。しかも、1人1家族。いったん家に入れば自分以外頼れる者がいない。そんな思いがいつの間にか高校生たちを無口にさせていた。

 夕方、アロースター空港に到着。飛行機を降り、空港の建物に向かう高校生たちの足取りはたいへん重く見えた。しかし、そこで待ってたものは、盛大に我々を歓迎する50〜60名のホストファミリーたちであった。あの高校生たちの不安げな顔が、一瞬のうちに笑みに変わった。ホームステイ期問中、彼らは高校生たちを自分たちの家族と同様に大切に扱ってくれた。その優しさに応えるべく、高校生たち自身も、できるだけ彼らに合わせようと必死であった。いつしか、トカゲや虫の出没するイスラムのいわゆる汚い風呂やトイレも平気になり、食事も右手(素手)を使って器用に食べ、トイレでは左手を使った者もいたようだ。高校生たちは知らず知らずの間に、異文化を休験することのすばらしさに目覚めていた。覚醒の瞬間である。

 しかし、楽しい日々にも終わりがある。3月29日(月)。予想通り、涙の別れとなった。高校生たちは、ホストファミリーたちとの様々な思い出を胸に帰路についた。


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