リレーエッセイ Part・
「トレビアン農業」
石田 友紀(ゆき)
日常にあふれかえるたくさんの選択肢の中でひとが何を選ぶのか、その基準なり偶然のきっかけなりってとても面白いものだと思います。
とか言う私も、ふとした思いつきで選んだひとつの道がこんなにhotでinterestingなものだとは思わなかったうちのひとり。
縁あって畑違いの農業界へはじめの一歩を踏み出したのが数年前。それまでは日焼けなんてとんでもないのUVカットに全力投球、つめはピカピカ、PRADAの新しいバッグいいかんじだよ、ってなかんじの毎日。
どーしてかこーしてか、わからないことだらけのままそろそろと土の中に足を入れたものが、今では土中の暮らしのほうが心地よさを感じる自分に気づきます。
協力隊活動を技術協力という面から見れば、私は間違いなくおちこぼれだったかも。
順序は逆になっていて、あの土地で畑を作ったからこそ今農業に夢中になっている気がします。
私の暮らしたコートジボアールの北部は、太陽と埃の町。乾季はサハラ砂漠の砂が風に舞い太陽が白く見える幻想的な光景も見られます。厳しい環境の中で彼らの育てる作物はイモ、トウモロコシ、アワ、ヒエ、落花生、そして少々の野菜。
日差しの強い畑での作業中、彼らがよく歌っていたのは今時はやりのノリノリポップスから聖歌、部族民謡とさまざま。私のお気に入りは陽気なアフリカンのイメージとは逆の少し寂しげな部族唄でした。
YUKIも歌えといわれても私がまともに歌えるのは「カエルの歌」とか「バナナが一本あったとさ〜」とかその程度のもの。でも歌詞の説明が彼らの身近なものでかえって反響はよかったね。
疲れる畑作業の休憩には、マンゴーの木陰でトウモロコシの地酒を「まあ1杯」、「もう2杯」。
食事はイモかトウモロコシ。これにピリリと辛いソースをつけていただきまーす。
アフリカの人たちは食生活に新たなものを取り入れるのに抵抗が大きいってよく聞くけど、一緒に作ったいろいろな野菜をそれなりに工夫して出してくれたこともあったっけ。
ラッキーな日には畑で鹿やねずみが罠にかかっていて獲れたてフレッシュミートにありつけます。何といっても食事は手でしかも地面に近い所で食べるのが一番おいしいんじゃないかというのは今でも変わらない私のグルメ論。
そして、耕す土地には必ず土の神様がいることを忘れない。私の休日は月曜日で、これはタグアナ族の農民が働かない日と一緒。月曜日は土の神様のお休みで、鍬を入れたり騒がしくしてはいけないのだそうだ。どうしても畑に用があるときは生贄をささげなくてはならないとのこと。近代日本で育った私には「いけにえだって〜」なんて思ったこともあったけれど彼らの自然に対する畏敬の念というのはすばらしいと思う。
私の好きな先生が「『姓』には代々伝えられる技術や技能という意味があって、百姓ってのはたくさんの姓の伝承者なんだ。」と言っていたけれど確かに彼らはいろんな事ができて、いろんな事を知っていた。
耕して、歌って、飯と酒がうまくて、雨を待って、実りを待って、笑って(不作でもとりあえず彼らは笑って)。その繰り返しの毎日。厳しい環境の中で生きるために耕す彼らは、今の日本の農業が抱える問題を「どうして?」と不思議に思うに違いない。
日本でまた農業と関わっているけれど多分基本は何も変わらないはず。
畑にい驍ニ、ふとあの畑を思い出す。あいかわらずトライ・アンド・エラーでやってるのかな。こっちも同じ。だから、毎日おもしろい。太陽の光も、爪から入る土も体を元気にする。また一緒にお酒飲みながらノウギョー談義でもしたいな。それまでに1つでも『姓』を手に入れなくちゃ。
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石田 友紀 プロフィール |
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平成7年度1次隊、コートジボアールにて野菜づくり。まだまだ半人前の半分くらいだけど、楽しくノーギョーしてます。 現在農業学校勤務。新たに農業をはじめたい人のための「就農準備校」で野菜と花を育てています。アフター5は近くの池で釣り。釣れなくても最高のひととき! |